あたたかな場のエネルギーを感じる西早稲田源兵衛子育地蔵尊

子育地蔵尊 (源兵衛地蔵)

この日は、「一陽来復」のお札を貰いに早稲田の穴八幡宮に参拝を予定してました。

東京メトロ東西線で直接早稲田に行っても良かったのですが、天気も良く高田馬場からのんびりと散策がてら歩いてみました。

その途中に発見したのが、西早稲田源兵衛子育地蔵尊です。

私はお地蔵様のいる場は、すごく懐かしく何故かホットします。

道を歩いているときお地蔵様を見つけると、心温まり参拝するようにしています。

ところが私はお稲荷さんは得意でなく路傍にあっても、一礼してそそくさと立ち去ってしまいます。

相性てやつですかね!!

関連記事:一陽来復の神社。早稲田、穴八幡宮

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▼目次

  1. 由緒・由来
  2. Picture
  3. 基本情報
  4. まとめ

由緒・由来

境内にある由緒書きを読むと、元禄の末頃小泉源兵衛と言う人物が訪れ鉄砲玉を作り火薬の番を始めたとあります。

源兵衛さんは、この地区を開墾しこれに同心する人達28戸とともに集落を作りました。

この周辺は、以後「源兵衛村」と呼ばれるようになったようです。

享保11年(1726年)に、源兵衛さんとその縁者の供養のためにこの地蔵尊が建てられました。

源兵衛地蔵縁起

ご利益

こちらのお地蔵様のご利益は、子宝・安産、病気治癒、商売繁盛、交通安産など多くの願いことを聞いてくれます。

特に子供の成長と無事を祈る方々が多く訪れ、”子育地蔵”として特に親しまれています。


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Picture

提灯

源兵衛地蔵提灯

手水舎

源兵衛地蔵手水舎

源兵衛子育地蔵尊

源兵衛子育て地蔵尊

庚申塚・馬頭観音

西早稲田庚申塚

庚申塚 馬頭観音馬頭観音

新宿区のHPによると、寛文13年(1673)に建てられた区内で最も古い庚申塔(写真左)のようです。

年代から見ると、源兵衛子育地蔵尊より古い事が判ります。

庚申塔の仏さまの下には、「見ざる言わざる聞かざる」の三猿が彫られています。

中央と右の写真は、馬頭観音の石碑です。

西早稲田の隣が高田馬場は、旗本達の馬術の訓練や流鏑馬などのための馬場があった場所です。

馬の守り神として、祀られたようです。

彰忠碑(しょうちゅうひ)

彰忠碑(しょうちゅうひ)

日清・日露戦争に戸塚村から出征した人達をたたえ、大正3年(1914)に建立されました。

石碑の岩は、愛媛県の山岳地帯から運ばれた珍しい「伊予の青石」で作られています。

境内

源兵衛子育地蔵尊全景 源兵衛子育地蔵尊全景

東京大空襲の時この周辺は、ほとんど焼け野原になったのですがこの地蔵堂周辺のみ奇跡的に焼け残り、焼け出された人はここに避難したようです。


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基本情報

所在地〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2丁目18−26
電話03-5273-4126
アクセス高田馬場駅徒歩8分

早稲田駅徒歩13分


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まとめ

今パワースポットが注目されていますが、人間は不思議と聖なる場所や穢れた場所という物を直感で感じていたのでしょうね。

こちらのお地蔵様の空間には、フト呼ばれてしまいました。

地元の商店会の方々が、きれいに整備してくださっているので、より暖かな場となっている気がしました。


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最後までお読みくださいまして有難うごさいます。

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