東京唯一の国宝(建物)千体地蔵堂がある正福寺

東村山正福寺

2023年になり正月三が日は、三日間とも神社・お寺へと参拝してきました。

元旦は近所の氏神様、二日は毎年参拝している阿佐ヶ谷神明宮、そして三日は東京唯一の国宝建造物がある東村山の正福寺さんへ参拝してきました。

東京には数多くの神社・仏閣がありますが、国宝に指定されている建造物は正福寺の千体地蔵堂だけです。

護国寺や雑司が谷の鬼子母神堂などいくつかの建造物が、関東大震災や東京大空襲をくぐりぬけ現存しています。

ただそれらのお堂は、江戸時代に建てられたものです。こちらの千体地蔵堂は、室町時代に建立され東京最古の木造建築です。

正直東京にあるより、鎌倉にある方がしっくりするお堂です。

ただ行ってびっくりしたのは、正月の三日だというのに参拝客の少ないこと少ないこと。

国宝ですよ!!!

ま~静かに参拝できたということで、よかったということです。

話は脱線しますが、東村山と言えば志村けんですよね!

志村けんさんの銅像は、東村山駅の北口を出るとすぐにありました。

参拝日2023年1月3日

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▼目次

  1. 沿革
  2. ご本尊とご利益
  3. 境内Pick Up
  4. 御朱印
  5. 周辺情報
  6. 基本情報
  7. まとめ

沿革

こちらの正福寺の開山は鎌倉時代で、鎌倉建長寺の住職を務めた中国南宋の石渓心月しっけいしんげつ禅師により建立されました。

こちらの寺院に残されている縁起書によると、地蔵堂の建立は弘安元年(1278年)と言います。

時の執権北条時宗(第八代)が、当地で鷹狩りをしていた際急な病に伏してしまいました。

時宗の枕元に地蔵菩薩が顕現し丸薬を授け、この効能により病が癒えたのでした。

これに感謝した時宗は、この地に地蔵堂を建立したと伝わっています。

北条時宗は元寇の時代に執権を務めた人で、時宗が居なければ歴史は違ったものになっていたかもしれません。

強大な元帝国に対して一歩も引かず、元の使者を切り捨てると言う暴挙とも言える行動を取っています。

時宗の英断により日本の独立が守られたとも言えます。

その後時宗は32歳の若さで亡くなり、元寇を乗り切るために疾風の様に現れた人物といえます。

現在の地蔵堂は、昭和9年(1934年)に発見された墨書銘の記述により、室町時代の応永14年(1407年)の建立であることが判明しています。

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ご本尊とご利益

 ご本尊 千手千眼観音
 御利益 一切の願いを満たす。虫の毒・難産。夫婦円満。

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境内Pick Up

▼山門

東村山正福寺

正福寺は何度も火災にあっており、こちらの山門は江戸中期の元禄14年(1701年)に建立されたものです。

昭和48年に行われた解体修理の際に銘文があり、年代が特定されています。

東村山市指定有形文化財。

▼千体地蔵堂

東村山正福寺千体地蔵堂

東村山正福寺

重複しますがこちらの地蔵堂は、東京都にある建造物で唯一の国宝です。当寺に残されている縁起所によると地蔵堂の建立は、弘安元年(1278年)8代執権北条時宗によるとされています。

ところが昭和9年に墨書銘が発見され、そこには室町時代の応永14年(1407年)の建立を裏づける記載がありました。

地蔵堂の建築様式は、鎌倉時代の禅宗寺院の様式(唐様)を示しているものです。

屋根の反り方は、鎌倉の寺院でよく見る光景です。よく似た例としては、鎌倉円覚寺舎利殿などが思い浮かびます。(ちなみに円覚寺の舎利殿も国宝です)

内部は普段は見れませんが、文化8年(1811年)に造立された本尊延命地蔵立像が鎮座しています。

この御本尊の周りには、大きさにして10~30センチくらいの地蔵尊が千体ほど祀られています。各地蔵尊の裏側には、祈願者の氏名や年号が書きされています。1714~1729年に奉納されたものが数多くあるようです。

祈願者は一体の地蔵を持ち帰り家で祀り、願いが成就するともう一体添えて奉納する風習だそうです。

現在でも11月3日小地蔵尊の頒布と開眼供養がなされています。(ホームぺージなどネットには情報が出ていません。)

内部公開 年3回
・6月第二日曜日(午前11時~午後3時)

・8月8日(午前11時~午後3時)

・11月3日(午前10時~午後4時)

詳しくは>>>

 

正福寺千体地蔵堂に関する詳しい情報>>

▼本堂

東村山正福寺本堂

本堂は昭和62年(1987年)につかられたものです。

▼如来

東村山正福寺

▼正福寺貞和の板碑

東村山正福寺

板碑というので、木製かと思っていましたら石造りのものなのですね。

この板碑は都内最大の板碑といわれ、高さ285cm(地上部分247cm)、幅は中央部分で55cmもあります。

貞和5年(1349年)に造物されたものと言いますから大変古いものですよね!

石板なのでいつの間にか、川の橋として使用されていたようです。

江戸時代には経文橋または念仏橋と呼ばれていて、動かすと祟りがあるとされていました。

昭和になり橋の補修工事のため撤去したところ、付近で赤痢がまん延し祟りと恐れられました。

このためこの板碑は、正福寺に供養のため移設されています。

▼御神木

東村山正福寺

▼八坂神社

東村山正福寺

正福寺が元別当寺だった神社です。山門の右手に鎮座しています。

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御朱印

東村山正福寺御朱印

東村山正福寺

初穂料・・・300円

寺務所:本堂の右側にあります。正福寺の御朱印はなく、狭山観音霊場の統一の御朱印になります。

宝珠寺は無住職寺のため、霊場の御朱印がこちらでいただけます。

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周辺情報

狭山三十三観音霊場巡り

日本全国に観音霊場巡りがありますよね!最も有名なのが、西国三十三観音霊場です。関東だと坂東三十三所観音に秩父三十四所観音が有名です。

三十三という数字は、観音様が33の姿で現れ救済するという観音教の教えから来た数字です。(秩父だけが三十四ですけど)

もちろん東京にもいくつかの観音霊場があります。

江戸三十三観音
西方三十三所観音霊場
多摩川三十三観音霊場
上野王子駒込辺三十三所観音
山の手三十三観音
武蔵野三十三観音
北豊島三十三ヶ所霊場
東京三十三観音霊場

江戸時代に観音信仰が流行し、各地の観音様を祀る寺院を巡ることが信仰となっていきました。

狭山三十三観音は、天明8年(1788年)に開創されたと伝わっています。

位置的には多摩湖・狭山湖の周辺を「の」の字のように一周巡るコースです。一周37.9キロというからちょっと1日で巡れる距離ではありませんよね!!(1日で巡ったら参拝する時間が無くなってしまいます。)

御朱印は30かっしょでいただけますが、一部個人宅や隣接寺院でというところもあります。

詳しくはWikipediaで確認してください。

狭山三十三観音

参照:狭山三十三観音パンフレットより

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基本情報

所在地 〒189-0022 東京都東村山市野口町4-6-1
電話 042-391-0460
公式HP https://shofuku-ji.org/
山号 金剛山
宗派 臨済宗建長寺派
御本尊 千手千眼観音
創建年 弘安元年(西暦1278年)
開基 北条時宗
開山 石渓心月
正式名称 金剛山正福寺
札所等 狭山三十三観音
文化財 国宝:正福寺地蔵堂

市有形文化財:山門

市有形民俗文化財:貞和の板碑

アクセス 西武新宿線「東村山」駅西口より徒歩15分。

境内に無料駐車場(約30台)あり。

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まとめ

このところ23区ばかり巡っていましたので、市部も今年は巡ろうと思っています。もちろん狭山三十三観音霊場巡りも一部行こうと思っています。(半分は埼玉県にありますが)

狭山湖・多摩湖周辺(狭山丘陵)は緑豊かな場所ですし、トトロの森のモデルでもありますよね。

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※記事の情報は、参拝当時の情報となってます。

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