東村山野口不動尊と親しまれる大善院

大善院は、東村山駅より徒歩6分くらいにある天台宗の寺院です。東京唯一の国宝建造物のある正福寺に参拝する途中にありますので、Googleのコメントなど見ると、ついでに立ち寄る方がいるようです。(私もです)

当山に参拝していますと、ご住職様からご挨拶をいただき恐縮してしまいました。今までにご住職や神職の方から、何気ない挨拶をいただくことは経験したことがありませんでした。挨拶していただくだけで、参拝してよかったと思いました。

参拝日2023年1月3日

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▼目次

  1. 沿革
  2. ご本尊とご利益
  3. 境内Pick Up
  4. 御朱印
  5. 周辺情報
  6. 基本情報
  7. まとめ

沿革

大善院の創建は不明のようですが、八王子市高月町にある円通寺の塔頭として、天正元年(1573年)には寺格を有していたと伝わっています。

塔頭(たっちゅう)

本寺の境内にある末寺院。塔中とも書く。塔は墓の意で、もとは高僧が寂すると、弟子がその塔の頭(ほとり)に小庵(しょうあん)を建て、墓を守ったことに始まる。のちには、大寺院の高僧が隠退したときなどに、寺の近くや境内に小院を建てて住し、没後も門下の人々が、この小院に住して墓塔を守り、祖師が生けるがごとく奉仕するに至り、それらをも塔頭と称する。次々と小院が建てられたために、しだいにその数も増え、たとえば鎌倉の円覚寺(えんがくじ)は一時、32庵二院を数え、いまでも12庵一院を擁している。元来、塔頭は大寺院に従属したが、明治以後では独立した寺院として扱われることが多い。

コトバンクより

塔頭と言うと判りにくいですが、大寺院お近くにある末寺と思えば正解です。

それが明治時代になると独立して一つの寺院になっていきます、大善院もそうしたお寺の一つです。

ただ違うところは多くの末寺は、本寺の近くに立っていますが、大善院は東村山在住の檀信徒の要望により明治32年に移転願を提出し、現在地に移転しています。

そして、慈善和尚が当地での開山をおこなっています。

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ご本尊とご利益

 ご本尊 阿弥陀如来
奉安 不動明王 三十六童子 水子地蔵大菩薩
 御利益 当寺は野口不動と呼ばれています。お不動様の剣は、すべてのものを断ち切りますので、厄除けのご利益が期待できます。

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境内Pick Up

▼参道

うっかりすると通過してしまいそうな参道ですが、写真ではわかりにくいのですが右側にちゃんと看板が出ています。

▼山門

山門と書いてしまいましたが、山門はありません。

▼矜羯羅童子と制吒迦童子


入り口を入ると神社なら狛犬がいる位置に、矜羯羅童子こんがらどうじ制吒迦童子せいたかどうじが築山の上に鎮座しています。

この二尊は 不動明王の脇侍きょうじで、八大童子の7番目と8番目にあたります。写真上が矜羯羅童子、写真下が制吒迦童子です。

矜羯羅童子は穏やかな性格で、制吒迦童子は誠実でたくましい性格をしています。

▼本堂

本堂は当地に移ってきた明治32年に造られたもののようです。100年以上の月日を重ねていますので、落ち着きを感じさせるお堂です。

▼地蔵堂

本堂の左側に立つのが地蔵堂です。お堂の左側には、数多くの地蔵尊が奉納されています。

▼唐金製不動明王三十六童子

境内の左側には、高さ7メートルほどの築山があり、頂上には不動明王が鎮座し、その下に眷属の三十六童子が鎮座しています。

石板の説明を読むと、三十六童子の名前をすべて唱えると広大無辺の利益が得られるようです。

参考

1.矜迦羅童子(こんがら) 2.制叱迦童子(せいたか) 3.不動恵童子(ふどうえ) 4.光網勝童子(こうもうしょう) 5.無垢光童子(むくこう) 6.計子爾童子(けいしに) 7.智慧幢童子(ちえどう) 8.質多羅童子(しちたら) 9.召請光童子(ちょうしょうこう) 10.不思議童子(ふしぎ) 11.羅多羅童子(らたら) 12.波羅波羅童子(はらはら) 13.伊醯羅童子(いけいら) 14.獅子光童子(ししこう) 15.獅子慧童子(ししえ) 16.阿婆羅底童子(あばらち) 17.持堅婆童子(じけんば) 18.利車毘童子(りしゃび) 19.法挾護童子(ほうきょうご) 20.因陀羅童子(いんだら) 21.大光明童子(だいこうみょう) 22.小光明童子(しょうこみょう) 23.仏守護童子(ぶつしゅご) 24.法守護童子(ほうしゅご) 25.僧守護童子(そうしゅご) 26.金剛護童子(こんごうご) 27.虚空護童子(こくうご) 28.虚空蔵童子(こくうぞう) 29.宝蔵護童子(ほうぞうご) 30.吉祥妙童子(きちしょうみょう) 31.戒光慧童子(かいこうえ) 32.妙空蔵童子(みょうくうぞう) 33.普香王童子(ふこうおう) 34.善你師童子(ぜんにし) 35.波利迦童子(はりか) 36.烏婆計童子(うばけい)

▼境内あれこれ

築山の表側には不動明王と三十六童子が鎮座していますが、裏側は七福神、右手には水子地蔵尊と河童が鎮座しています。

築山の脇には水子地蔵尊 おそらく河童 築山脇の池
家庭円満のこぶし。昭和の時代に10本のこぶしを植えたところ根っこ同士が引き合い一本の大木となり、そこから家族の絆の象徴の木とされています。。 築山の裏側は、七福神巡りもできます。 七福神は、代表で弁天様を掲載しました。

※写真をクリックしますと拡大します

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御朱印

未収得

 

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周辺情報

東京都唯一の国宝建造物がある正福寺へは、当寺から3分ほどでいけます。

東村山正福寺

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基本情報

所在地 東京都東村山市野口町4-16-1
電話 042-395-0990
公式HP 未設
山号 恵日山
院号 大善院
宗派 天台宗
御本尊 阿弥陀如来坐像
創建年 不明(天正元年(1573年)に旧修験を廃し正寺格に改める)
開基 海要権大僧都(中興の開基)
アクセス 西武新宿線・西武園線・国分寺線 東村山駅より徒歩6分

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まとめ

阿弥陀如来と不動明王が共に祀られているのは珍しいような気がします。

密教系の大寺院は別ですが、中小の寺院は不動明王単体が多いような気がします。

平安時代には阿弥陀信仰が盛んになり、臨終間際の作法が決まっていて、これを「臨終行儀」と言います。

人が死にますと「来迎」と言って阿弥陀如来が迎えに来てくれるのですが、臨終間際は魔障が入りやすい瞬間でもあります。

それに対抗するために不動明王を招来し、魔障から守ってもらったのです。

平安時代の阿弥陀信仰には、不動明王が出てくることもあったようですね。

明治にできた寺院ですから、平安の信仰が残っていたかは分かりませんが参考にしてみてください。

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※記事の情報は、参拝当時の情報となってます。

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