新宿 諏訪神社|江戸の「おすわさん」毎月変わる御朱印が魅力

2020年1月28日

新宿諏訪神社

JR高田馬場駅から徒歩10分の所に、新宿諏訪神社はあります。

神社の前の道は、諏訪通りと言い神社の名前が通りの名前になっています。

こちらの神社は、創建は古く弘仁年間(西暦810~820)と伝えられています。

近くには都立戸山高校や学習院女子大学、戸山公園などが有り閑静な地域です。

諏訪通りは、高田馬場~早稲田間の混雑緩和のために作られている通りで、山手線をくぐる部分がまだ完成していないため交通量が少なく道幅の割に静かな地域になっています。

※正式にはただ諏訪神社と言いますが、ここでは便宜上新宿諏訪神社と書いています。

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▼目次

  1. 沿革
  2. ご祭神とご利益
  3. 境内Pick Up
  4. 御朱印
  5. 周辺情報
  6. 基本情報
  7. まとめ

沿革

新宿諏訪神社は小倉百人一首にも出てくる平安初期の公家小野 篁(おの の たかむら)が、大国主命、事代主命を祭祀したと伝わっています。

小野 篁は父が陸奥国へ国守として赴任した時付き従っていました、当寺の諏訪神社は奥羽街道の一部松原街道に面していたようです。

当寺は諏訪神社とは言わず、松原神社と称していました。

東京の古社の多くが源頼義、義家父子と所縁が有りますが、当社も源氏親子が前九年の役(1051~1062年)を鎮定し凱陣の折に武器を納めたと伝わっています。

鎌倉時代の文治五年(西暦1189)には、源頼朝が奥州の藤原泰衡討伐の為当社に祈願をし、凱陣の後に社殿を造営しました。

同じく鎌倉時代の建長六年(西暦1254)に第5代執権の北条時頼が、厳島神社を境内に祭祀しています。

応仁三年(西暦1469)に太田道灌が社殿を再営しましたが、小田原の北条早雲が関東侵攻の折に焼失しています。

江戸時代になり尾張徳川家の祖である徳川義直が信濃国の諏訪神を勧請し、当社に合祀しこの時から諏訪神社と改称しました。

二代将軍徳川秀忠の娘を皇后とした後水尾天皇は、当社にご神体を寄付しました。

三代将軍徳川家光は、 寛永年中(西暦1624~1644)に社殿を造営しました。

江戸時代には高田馬場・早稲田周辺は将軍家の鷹狩りの地で、歴代の将軍が当社を参拝するなど格式のある神社として認められていたようです。

江戸時代後期の天保六年(西暦1835)には、新宿諏訪神社に大きな災難が起こります。社務所より出火し神庫、末社に至るまですべてを焼失する惨事が起こっています。

この後明治時代にも修復していますが、戦後になり昭和五十五年に現在の社殿が再建されています。

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ご祭神とご利益

ご祭神

武御名方命(たけみなかたのみこと)

大国主命(おおくにぬしのみこと)

事代主命(ことしろぬしのみこと)

諏訪大社の主祭神が武御名方命で、大国主命の二番目の息子です。事代主命は大国主命の一番目の息子で、新宿諏訪神社の御祭神は大国主ファミリーとなっています。

ご利益

豊作・豊漁・航海安全・起業成功

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境内Pick Up

鳥居

新宿諏訪神社一の鳥居
新宿諏訪神社二の鳥居

狛犬

新宿諏訪神社狛犬1
新宿諏訪神社狛犬2
新宿諏訪神社狛犬4
新宿諏訪神社狛犬3

新宿諏訪神社の狛犬は、潰れ顔で愛嬌が有りますよね。

手水舎

新宿諏訪神社手水舎
こちらの手水舎の水は、諏訪の霊水として貴重な水です。

現在はポンプでくみ上げているようですが、特に眼病に効験が高く諸病にもご利益があるそうです。

本殿

新宿諏訪神社本殿2
新宿諏訪神社本殿

写真で見た以上に屋根が高く大きく感じます。造りは、権現造に分類されます

神楽殿

新宿諏訪神社神楽殿

境内社

▼御嶽神社
新宿諏訪神社御嶽神社
ご祭神は、大物主命(オオモノヌシノミコト)、太玉命(フトタマノミコト)

新宿諏訪神社稲荷神社
ご祭神は、受保ノ神(ウケモチノカミ)。 多くの稲荷神社は、宇迦之御魂神(ウカノミタマ)をご祭神としていますが、受保ノ神と宇迦之御魂神は同一とみられ、ともに保食神です。

境内写真

▼塞神三柱の塔(新宿区登録有形民俗文化財)

新宿諏訪神社塞神三柱の塔

天和二年(1682)に造立された舟形の石塔で、中央に「塞神三柱」、その右側に「諏訪上下大明神」および「正八幡大菩薩」、 また左側には「天(以下欠損のため不明)」および「稲荷大明神」と刻まれております。
また、その上方には右に月形、左に日形が彫られております。
塞神は、村の境や峠に祀られる、境界を守護する神とされ、石塔としては江戸時代に南関東地方を中心に盛んに造立されました。
諏訪神社の塞神塔は区内で唯一のもので、また、「塞神三柱」の文字が刻まれた例は少なく、大変貴重です。(新宿区教育委員会掲示板より)

 

▼明治天皇射的砲術天覧所阯(東京都指定史跡)
新宿諏訪神社明治天皇射的砲術天覧所阯

明治十五年、諏訪の森近衛射的場が神社前に出来ました時、明治天皇の行幸があり、旧民社では稀なる栄に預かりました。 その節、畏くも天皇より神酒、鴨を賜り、氏子の歓喜、感激は大変なものでした。 その後、御社殿の屋根には菊の御紋を付ける様になり、又射的場にみえらえる各宮殿下には、皆当社の社殿にて御休息遊ばされました。
只今社殿に掲げてある神号額も小松宮彰仁親王殿下の御真筆であります。昭和十八年には当天覧所阯は東京都より行幸史跡に指定されました。
(諏訪神社公式HPより)

 

▼宮神輿庫と夫婦楠
新宿諏訪神社夫婦楠

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御朱印

新宿諏訪神社御朱印

初穂料・・・500円

鳥居をくぐり右側に社務所があり、その北側の窓口にて拝受できます。

諏訪神社御朱印看板

写真上段の御朱印は手書きタイプで、二段目の物は貼るタイプとなっています。

下段の「勝」御朱印は毎月27日限定の頒布となっています。

27日「おすわさん」の日で、ご祭神「武御名方命」は武の神様です。「何事にも勝ち切り拓いていく力」を表しているのが「勝」御朱印です。

初穂料はともに500円です。

開門時間
午前6時~午後4時

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周辺情報

今回は東京メトロ東西線の早稲田駅で降り、穴八幡宮を参拝し、諏訪通りを高田馬場方面へと歩くコースを歩きました。

早稲田駅⇒穴八幡宮⇒放生寺⇒新宿諏訪神社⇒玄国寺⇒高田馬場駅 食事をしながらで2時間ほどの行程でした。

早稲田・穴八幡宮~金銀融通の御利益のある「一陽来復の御守」

光松山放生寺・元祖「一陽来福」の寺院

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基本情報

所在地 〒169-0075 東京都新宿区高田馬場1丁目12−6
電話 TEL : 03-3209-3835
公式HP http://sinjukusuwa.jp
主祭神 大国主命
事代主命
武御名方命
社格 村社
創建 弘仁年間(810 – 824年)
例大祭 8月27日
アクセス 東京メトロ副都心線「 西早稲田駅」より徒歩1分

JR山手線/東京メトロ「高田馬場駅」より 徒歩10分

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まとめ

境内に入った時寂しい神社だなと、ふと思ってしまいました。原因は境内に多くの銀杏の木が植えられていて、正月の時期は葉が落ちているからでした。

新緑の季節や紅葉の時期に来ると、全然違う印象になるのでしょうね。

近くには戸山公園があり、のんびりできる一帯です。

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