日本の神様を知ろう

2020年11月10日

日本の神々
御朱印帳がブームになり、多くの方が神社を訪れる様になっています。

日本の神様は、八百万(やおよろず)の神と言われとても多くの神様がおわします。

本当に八百万もの神様がおいでになるわけではなく、八百万とはとても多くという意味の言葉です。

日本の神様は、草や木に宿ったり大きな岩や山にもいるとされていますからある意味無限なのかもしれません。

今回は、そんな知っているようで意外と知らない日本の神様に関して解説していきます。

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▼目次

  1. 神様の基本知識
  2. 高天原の神々
  3. 出雲の神々
  4. 人から神へ
  5. 民族神
  6. まとめ

神様の基本知識

古事記や日本書紀に出てくる神様は、とても人間臭いところがありつい神様も一人二人と数えてしまいそうです。

でも神様は、一柱二柱と数えます。この数え方に定説はないようですが、木や柱が神祭りの時に依代となったのが、起源ではないかと言われています。

神社に祀られている神様の事を、祭神と呼びます。当サイトでも、「ご祭神:OOOO]と記載しています。

神社にはいろいろな祭神がいるわけですが、祭神が神社にいる状態を「鎮座する」と言います。

「鎮座する」とは、大辞林 第三版によると「神霊がある場所にしずまりとどまっていること。」とあります。

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高天原の神々

今から千三百年ほど前に書かれた「古事記」「日本書紀」には、日本創成などの多くの神話が記されています。

また各地の歴史を記した「風土記」にも、多くの神話が語られています。現存している「風土記」は、出雲、播磨、常陸、豊後、備前の5つだけです。他の地域の物は、のちの時代の資料などでその一部を知ることが出来ます。

日本の神社の神々は、これらの文献の中に登場しています。

これらの文献に出てくる神々は、生々しいリアルな神々で、この神々の足跡から当時の人々の世界観から風俗・習慣が垣間見えてきます。

※神々の表記は基本カタカナとしますが、最初に「古事記(古)」と「日本書紀(日)」での表記を掲載します。

イザナギとイザナミ(古:伊邪那岐 日:伊弉諾 古:伊邪那美 日:伊弉冉)

イザナギとイザナミは、日本列島を創造した神で、いわゆる国生みの神々です。

神々は、高天原(たかまがはら)に住んでいるとされています。

高天原の神々は、海に浮かぶクラゲのような国土をしっかりしたものに作り替えるようにイザナギとイザナミに命じました。

まずイザナギとイザナミは、矛先を海面に差し込みかき回すと、矛先から塩のしずくが零れ落ち、それが固まりオノゴロ島が最初に出来上がります

この島に降り立ったイザナギとイザナミは、男女の営みをし日本の国土を次々と生んでいきます。

最初に生まれたのは淡路島で、その後次々と島々を生んでいきます。そしてさらに、山や木や風と言った自然神を生み出していきました。

そして最後に火の神を生んで、イザナミはホト(女性器)を焼かれ亡くなってしまいます。

この後イザナギは、黄泉の国へイザナミを求めて向かう話とつながり、そして黄泉の国から戻り体を清めている最中に三貴神(天照大御神・月読の尊・素戔嗚尊)を生みます。

イザナギとイザナミはこのように国土や自然を生み出した国土創成の神で、多くの神社で祀られている神様です。

この二柱を祀る神社は、最初に結婚した神ということで「縁結び」や「夫婦和合」にご利益がある神社とされています。

最初に出来た国土であるオノゴロ島ですが、実在説と架空説とがあり諸説が入り混じっています。

淡路島にはオノゴロ島と伝わる場所があり「おのころ神社」もあります。また、淡路島の南海上4.6km先に位置している沼島も有力なオノゴロ島候補です。

アマテラスオオミカミ(古:天照大御神 日:天照大神)

天照大神

アマテラスは、天皇家の祖先神であり高天原の神々の最高神ですが、出生に関しては古事記と日本書紀では違っています。

古事記では黄泉の国から帰還したイザナギが左目を清めた時に生まれていますが、日本書紀ではイザノギとイザナミが天下を治めるための神として生んでいます。

アマテラスと弟のスサノオとの間の出来事が、神話の世界ではとても重要な出来事です。

イザナギはアマテラスに太陽ツクヨミに月を、スサノオに海を束ねるように指示しますが、スサノオは母のいる根の国行きたいと駄々をこねます。

この駄々に怒ったイザナギは、スサノオを追放してしまいます。追放されたスサノオは、姉の元へと訪れるのですが、アマテラスは国を奪いに来たと思い武装し弟と対峙します。

スサノオは身の潔白を証明するために、アマテラスとお互いの持ち物を交換しそれぞれから子を生み出すことにしました。

スサノオはアマテラスの髪飾りを受け取り五柱の男神を生み出した、アマテラスはスサノオの剣から三柱の女神を生み出しています。

この勝負の結果、か弱い女神を出したスサノオは潔白であると証明され、スサノオの勝利となりました。

ここからが面白いのですが、勝利したスサノオは高天原で大暴れを始めます。

アマテラスが機織りをしているところに、スサノオはなんと馬を投げ込み一人機織り女が亡くなるという惨事を起こします。

天の岩戸
この事件でアマテラスは洞窟に引きこもるというのが、天の岩戸のお話しです。

アマテラスが岩戸に引きこもったため、世界は暗闇となり世界にはあらゆる災いが降りてきました。

困った高天原の神々は、岩戸の前で鶏を鳴かせ、大きな祭りを始めました。

岩戸の前では、アメノウズメが舞い踊り神々は大いに歌い笑い合いました。

不審に思ったアマテラスは岩戸をを少し空け外の様子をうかがうと岩戸を開け、その瞬間に隙間からタヂカラオ命がアマテラスを引きずり出し、世界は再び光を取り戻します。

この後スサノオは、高天原を追放されています。

この神話から岩戸に隠れると天に光がなくなり、現れ出でると光が戻ることから、天を照らす神様ということで天照と言う名前が付けられました。また天の光ですから、アマテラスが太陽神であると考えられています。

ツクヨミ(月読尊)とアマテラスは性別の記載がなく男神なのか女神なのかは分かりませんが、物語の流れからアマテラスが女神・ツクヨミが男神と解釈されています。

神仏習合してからは、アマテラスは大日如来が垂迹してきた神と解釈されるようになり男神とも考えられています。

アマテラスは太陽神の側面と、孫のニニギノミコトが降臨する時に稲穂を渡して居ることから稲の神様と言う側面もあります。


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出雲の神々

記紀では、高天原の神々より出雲神話のほうが多く語られています。

一説では、もともと本州の西日本地域を治めていた勢力が、徐々に九州から来た勢力に押され統治権を奪われたことの反映がこれらの神話のもとになったとされています。

スサノオミコト(古:須佐之男命 日:素戔嗚尊)

スサノオは、出雲神話では始祖としての存在です。この後紹介する出雲の統治者である、オオクニヌシの父ともご先祖とも言われているのがスサノオです。

アマテラスの項目でも取り上げていますが、アマテラスとスサノオはとても因縁が深い姉弟です。

スサノオは高天原で狼藉をふるい追放され、出雲国へと下っていきます。

そのころの出雲の国では、ヤマタノオロチにより人々は大変苦しめられていました。

次に人身御供に出されるクシナダヒメをを娶る約束を取り付け、スサノオはヤマタノオロチ退治へと赴きます。

ヤマタノオロチといえば、頭が八つ尾が八つあるという超生命体です。

ヤマタノオロチ

そこでスサノオは、この大蛇に酒を飲ませ眠っているスキにまんまと退治するという荒業をやり遂げます。

この功績でスサノオは、クシナダヒメと夫婦になり出雲に宮を造り出雲の統治者へとなります。

スサノオは、乱暴者から英雄へと変身を遂げた瞬間です。

●信仰・ご利益
信仰としては、スサノオが出雲を救いクシナダヒメと結婚したことから縁結びの神として信仰されています。

この二柱の神を祀っているのが、後に宮を移したとされる松江市の八重垣神社です。ここは古くからの縁結びの聖地として有名な神社です。

八重垣神社の社殿の奥には鏡の池というものがあり、この池に和紙にコインを乗せその沈む時間や場所で縁を占います。

●茅の輪
よく神社に行くと「茅の輪」が飾られていますよね。これは蘇民将来(そみんしょうらい)という人物の伝説から起こったもので、無病息災や厄除け、家内安全を祈願する行事です。

「備後国風土記逸文」によると、スサノオはある日蘇民将来の家を訪ね、一泊の宿を所望しました。貧しいにもかかわらず蘇民将来は、快くスサノオを宿泊させました。

立ち去るときスサノオはこの国はまもなく疫病に襲われるが、腰に「茅の輪」を巻けばま逃れると言い残して去っていきます。そしてさらにスサノオは、「後に疫病が流行ったときでも、蘇民将来の子孫だといい「茅の輪」を巻けばそのものも助かる」とも言い残しています。

これが後に「茅の輪」くぐりとなり6月下旬頃に「夏越の祓(なごしのはらえ)」の行事として多くの神社で催されています。神社によっては、12月31日の「年越の祓(としこしのはらえ)」のときに飾られるところもあります。

東京の神社で「茅の輪」は、「神田明神」「東京大神宮」などが有名です。ただこちらの2つの神社は、スサノオが御祭神というわけではありません。

大国主命

大国主命(オオクニヌシ)は、その字のごとく国の主(ぬし)すなわち地上の国の統治者という意味です。

国津神(くにつがみ)の主宰者という地位にあり、有名な出雲大社の主祭神です。

●因幡の白兎
出雲神話で最も有名な逸話は、「因幡の白兎」のお話です。『古事記』では「稻羽之素菟」(稲羽の素兎)と表記されていて、白いウサギではなく「素」のうさぎで、茶色い野うさぎだと解釈されています。また『日本書紀』には、この逸話は記載されていません。

話の概略は、オオクニヌシの多くの兄たちはヤガミヒメという女神に求婚するためにでかけ、その時オオクニヌシに多くの荷物を持たせていました。その途上ワニ(サメ)に皮を剥がれたうさぎと出会うのですが、兄たちは嘘の治療法を教えうさぎは苦しみ泣いていました。そこに通りかかったオオクニヌシは、うさぎに正しい治療を施し助けてあげます。

この故事から、オオクニヌシは医療の神としての性格を有するようになっています。また、人々に温泉の効用を伝えたとも言われていて、多くの温泉地ではオオクニヌシが祀られています。

ヤガミヒメは兄たちの求婚を断り、オオクニヌシとの結婚を選択します。これに怒った、兄たちはなんとオオクニヌシを殺害してしまいます。これを悲しんだ母サシクワカヒメは、オオクニヌシを二度蘇生させています。兄たちの魔の手から逃れるため母のサシクワカヒメは、オオクニヌシに根(木)の国へ行くように諭します。

●根の国
この根の国でオオクニヌシは、妻となるスセリビメと出会います。このスセリビメは、スサノオの娘でした。スセリビメは、父スサノオに「とても美しい神が来ました」と報告しています。

それでハイそうですかと娘をくれるほどスサノオは甘くなく、数々の試練をオオクニヌシに課しますが二柱は協力して打ち勝っていきます。

こうしてスサノオに認められたオオクニヌシは、スセリビメを正妻にせよと言われ二柱はめでたく地上に戻っていきます。

ただ日本神話の面白いところは、二人仲睦まじく暮らしたとさとならないところです。この後オオクニヌシは、数多くの妻を娶り浮名を流していきます。

当然神とはいえ女性ですから嫉妬しますが、お互いに歌を読み合うなどして和解し二人仲良くそのまま鎮座しています。

●信仰・ご利益
大国主は、日本の神話史上初の正妻を持った神として縁結びの神として篤く祀られています。

旧暦の10月は神無月といい神様が出雲に集まり、神様のいない月と言われています。これは俗説ですが、いなくなった神様は出雲へと集まっているのです。

出雲ではこの旧暦の10月に、神在祭(かみありまつり)という神々の会議を模様しています。

これも俗説ですが、個々で皆の出会いなどの縁を話し合っていると言われています。

ですからこの神在祭を司る大国主に皆が祈るわけですが、こんな浮気性の神にご縁を頼んで大丈夫かとツッコみたくなるところです。

信仰の面でさらに言うと、大国主の「大国」は音読みだと「だいこく」となり、仏教の神様「大黒天」と習合していきます。

●大黒天
「因幡の白兎」の神話でも、物語によっては「ダイコクサマ」と書かれているものもあります。

オオクニヌシは縁結びの神様ですが、大黒天(ダイコクテン)は右手に打ち出の小槌、左手に袋を背負い、俵の上に乗っているという福の神中の最高の福の神ですよね。

大黒天

ちなみに相棒の恵比寿(エビス)さまは、一説ではイザナギ・イザナミの最初の子ヒルコが成長した神とされています。(諸説あり)

出雲神話では美男子に描かれているオオクニヌシですが、晩年太ってしまったのかダイコク様のようなふっくらした姿になってしまったのでしょうかね?

東京の神社でオオクニヌシを祀っている神社は数多くありますが、府中の大國魂神社がやはり代表と言えます。

※日本神話では「国譲り」が大きなイベントですが、当サイトでは神社との関連を取り上げていますのでここでは割愛します。


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人から神へ

もともと歴史上の人物が、神様へと祭り上げられ祀られています。

最も有名なのは、天満宮で有名な菅原道真と、東照宮に祀られている徳川家康です。

明治の軍神と呼べる東郷平八郎や乃木希典なども神社に祀られています。

●怨霊から神へ
平安時代までは、この世に恨みを持って死んでいった魂を鎮魂するために神へと祭り上げています。

その代表が菅原道真ですが、他には平将門(神田明神・御首神社)崇徳上皇(白峯神宮)・早良親王(桓武天皇の弟 崇道神社)などが有名です。

●偉人から神へ
時代が下ってくると、徳川家康に代表されるように歴史上の威徳のある人物を祀るようになっていきます。

徳川家康が東照宮に祀られているのは有名な話ですが、神仏分離されるまでは東照権現と言われ仏教で祀られていました。(権現:仏や菩薩が仮(=権)に姿を変えて日本の神として現れること)神仏習合していた時代は、仏教か神道かは、大した問題でなかったのです。

豊臣秀吉は豊国神社(京都市東山区)に、豊国乃大明神(とよくにのだいみょうじん)の神号を下賜され祀られています。

東京には、東郷神社や乃木神社が有名です。

●霊力が在り神様へ
霊鎮魂のためにできた神社と個人の威徳を崇拝する神社が、実在する人物を祀る神社の代表ですが、もう一つその人物の霊力にあやかるためにできた神社もあります。

その人物はよく小説にも描かれる「役行者」「安倍晴明」です。

小説の中では、二大超能力者ですよね。

役行者は修験道の開祖ですから仏教寺院で祀られていますが、熊野神社の開基のもととなったり、役の小角社(静岡県熱海市)や役行者神変社(長野県上伊那郡飯島町)などの神社があります。

安倍晴明は、晴明神社(京都市上京区)に祀られています。陰陽師である安倍晴明は、あまりに有名でここではその事跡に関しては触れませんが、平安時代の貴族は菅原道真の怨霊などに激しい恐怖感を持ち、世の理を呪術者に占わせることを頻繁に行っていました。

その呪術者で陰陽師の代表が、安倍晴明です。

安倍晴明は京で活躍していますので東京の神社ではお目にかかることはありませんが(おそらく)、役行者は東京の密教系寺院でも信仰されています。

●神社一覧
桓武天皇-平安神宮(京都)
菅原道真-北野天満宮・天満宮・天神社・北野神社(日本全国)
平将門-國王神社(茨城県)
楠木正成-湊川神社(神戸)
武田晴信(信玄)-武田神社(山梨県甲府)
上杉謙信-上杉神社(山形県米沢市)
織田信長-建勲神社(京都)
豊臣秀吉-豊國神社(京都)
徳川家康-日光東照宮・東照宮(日本全国)
前田利家・お松-尾山神社(金沢)
伊達政宗-青葉神社(仙台)
西郷隆盛-南洲神社(鹿児島など)
明治天皇-明治神宮(東京)
東郷平八郎-東郷神社(東京)
乃木希典-乃木神社(東京)
参考:応神天皇-宇佐八幡宮・八幡宮・八幡神社(祭神である八幡大神は応神天皇のご神霊という位置づけなので参考として上げました)

神様となった方々は、その時代を象徴する人物や、その土地の英雄が祀られています。

時代と神社のあり方は、時代とともに変化し信仰の形も変化したわけですね。


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民族神

「古事記」や「日本書紀」に出てこないけど古くから民衆から信仰されている神々は多くあります、これらの神々を民族神と定義されています。

民族神の代表は、やはり稲荷信仰恵比寿様ではないでしょうか。さらに各地には由緒がよくわからなくなってしまっている神様や、明治になり仏が無理やり神話と結び付けられた神様など様々な神様が信仰されています。

稲荷神

稲荷神

伏見稲荷大社を総本社として、日本全国にあります。神社として単独にあるものから、神社の末社や、個人宅の祠まで含めるとその信仰の広さは日本で最大数の八幡社を超えると言われています。日本で最も信仰されている神様、と言ってもよいのかもしれません。

稲荷神の起源は、「山城国風土記逸文」に書かれています。帰化人として勢力を持っていた秦氏の伊呂具(いろぐ)という人物が、罰当たりにも餅を的にして矢を放とうとしていました。その瞬間餅は白鳥に変身し、飛び立ってしまいました。伊呂具はその後を追い、白鳥はある山に降り立ちそこにまた稲が生えてきたと言います。その山が、現在伏見稲荷大社の立っている稲荷山だったと伝えられています。

「イナリ」とは、「イネ ナリ」が変化した言葉と言われています。

秦氏の子孫は稲荷山に稲の神・穀物の神を祀る「伊奈利社」を建てたのが伏見稲荷大社の起源です。

平安時代になり空海が東寺を建立する際、稲荷神を鎮守神として勧請しました。

真言宗の広がりにより、真言宗の寺院にはセットで稲荷社が勧請され全国に広がっていきます。

日本の信仰は面白く、いろいろな神が習合して発展を遂げていきます。

「古事記」や「日本書紀」に出てくる神様に、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)と呼ばれる五穀豊穣を司る神様がいます。この神様と稲荷神は、同一と考えられさらに信仰が広がっていきます。

●稲荷神とキツネ
信仰は連想ゲームみたいなところがあります。お稲荷様といえばキツネですが、その結びつきは判然としません。

お稲荷様は、普段は山に住み春になると山から降りてきて、収穫が終わると山に帰ると考えられていました。

キツネもまた、春になると人里近くに現れるので、稲荷神の先導役と考えられました。

もう一つの説は、キツネの尻尾が稲穂に似ているからとの説もあります。

●信仰の変遷
稲荷神は五穀豊穣の神でしたが、時代が下ると農業から商業・工業の神様としても発展を遂げ、広く商売繁盛の神様へと脱却していきます。

これは神様のあり方が、ご先祖を祀るものから、現世利益を与えてくれるものと変化によるもので、江戸時代に大きく発展しています。

これは社会の発展により人々の移動が激しくなり、先祖崇拝の氏神様から、職業を守る神様への信仰の変化が起こってきたということです。

●千本鳥居
伏見稲荷の千本鳥居は有名ですが、各地の稲荷神社や末社でも千本鳥居をよく見かけます。これは願いがかなった氏子さんが、お礼の意味で鳥居奉納していったため数が増えていったのです。

根津神社鳥居1
写真:根津神社千本鳥居

●伏見稲荷と豊川稲荷
伏見稲荷と並び有名な豊川稲荷(愛知県)は、曹洞宗の寺院で正式の寺号は妙厳寺(みょうごんじ)と言います。

伏見稲荷は神道系稲荷の総本社ですが、豊川稲荷は仏教系稲荷の総本山になります。ご本尊は稲穂を荷ない白狐にまたがっている荼枳尼真天(だきにしんてん)です。

豊川稲荷は、東京に別院(赤坂豊川稲荷)を持っていますから、東京在住の方もお参りできますが、参拝の作法はやはり仏式になります(おそらく)。

恵比寿

恵比寿

東京の山手線には恵比寿という駅がありますし、ここで作られたビールはエビスビールと名付けられました。

七福神の一人恵比寿様は、商売繁盛の神様として大黒様とセットで信仰を集めている神様です。

恵比寿様は釣り竿を持って鯛を抱えている姿で描かれています。

これは、もともとが漁民の神様だったことに由来しています。

漁民たちは、イルカやクジラが海岸に流れ着いたときそれが生きていても死んでいても、大量の兆しとしてエビスと呼んで祀っていました。

エビスとは、よそ者を意味する「エミシ」という言葉から派生したと考えられています。

海の向こうから幸を運んできてくれる神様が、エビスと呼ばれていたのです。

先にも書きましたが、イザナギとイザナミの最初の子は「ヒルコ」で流され捨てられてしまうのですが、兵庫県西宮の西宮神社ではこの「ヒルコ」を恵比寿さまとして祀っています。地元と人は、「西宮のえべっさん」と呼び親しんでいます。

この西宮神社が、エビス信仰の総本山です。このエビス信仰は、鎌倉時代になると西宮から全国へと流布されていきました。全国に広まる中で豊漁を願う神から、商売繁盛・五穀豊穣を願う神様へと変遷して行きます。

余談ですが、最近の西宮神社は「開門神事福男選び」のほうが有名になっています。毎年健脚自慢が、境内を駆け抜ける姿がテレビで放映されますよね。いつもけが人が出ないかつい心配してしまいます。

火の神


これはおまけですが、最近流行の「鬼滅の刃」の主人公は竈門炭治郎と言いますよね。

日本では古くから竈の神様(竈神)を、祀る習慣がありました。

火の神様はカグツチ(加具土命)といいますが、大分県別府市にある火男火売神社(ほのおほのめじんじゃ)はこの「ホノカグツチノミコト」です。

また東北地方では竈神を、「ヒオトコ(火男)」と言いこれが「ヒョットコ」の起源です。

「鬼滅の刃」では、刀鍛冶の里の刀鍛冶の人たちはみなヒョットコの面をかぶっていましたが、火を扱う鍛冶の人たちは火の神の力を体現するために冠っていたのでしょうかね?

「鬼滅の刃」の作者は九州出身の方と聞いています。(竈門神社も九州にあります)こういうことを、身近で聞いたり調べたのでしょうかね?

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まとめ

私達はふと道を歩いていると、道祖神や庚申塚・お地蔵様と多くの信仰の証を目にします。

日本には大きな神社仏閣から、注意して見ないと見落とすような信仰の証などが残されています。

現代人は忙しすぎてただ通り過ぎてしまいがちですが、たまには立ち止まり手を合わせて見てはいかがでしょうか!

※表紙の写真は神々の故郷の一つ出雲の宍道湖(しんじこ)の写真です。


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参考文献:神社ってどんなところ? (ちくまプリマー新書) [ 平藤喜久子 ]

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