google-site-verification=1U1Ur71y_rBseySAVoQuEgZXx0KGZdIoLeUa0wlCf40

知っているようで意外と知らない神社の境内

鷺ノ宮八幡神社
現在御朱印帳ブームで、多くの方が神社に訪れるようになっています。

せっかく神社に参拝するのですから、神社内にある建物などの意味を知っておくのも楽しみが増えるというものです。

今回は、神社の境内にある物や建物を解説していきます。

▼目次

  1. 鎮守の森
  2. 境内の基本的な造り
  3. 摂社・末社・分社とは
  4. 神殿の起源
  5. まとめ

鎮守の森

以前は神社とイコールに近い意味で鎮守の森と言っていましたが、現在ではあまり聞かなくなった言葉です。

森の字は、杜という字を使うこともあります。

東京ではあまり見れない風景ですが、田んぼや畑の中にこんもりとした森がありそこに鳥居が立っている風景です。

また神社の建物の後ろに、森や山があるという風景も神社には良くあります。

社殿の後ろにある鎮守の森に、古代の人たちは神様が集うと考えていたのです。

近年までは、神域である鎮守の森への侵入は許されない所が多くありました。


▲目次にもどる

 

境内の基本的な造り


神社の入り口には、まず鳥居があります。鳥居をくぐり、拝殿まで続く道を参道と言います。

鳥居から入り直ぐには手お清めるための手水舎(ちょうずや・ちょうずしゃ・てみずや・てみずしゃ)があり、参拝する時は必ず手を清めることが必須です。

私たちが通常参拝する建物は、拝殿といい神様への祈りの場所になります。

上の模型図にあるように拝殿の後ろの建物が、神社で最も重要な建物の神殿になります。

この神殿は、神社によっては本殿正殿とも呼ばれています。

拝殿・本殿以外の建物。

  • 幣殿(へいでん)・・・・神様に幣帛(へいはく)という捧げものをする建物
  • 神饌電(しんせんでん)・神様に供える食事を調理するところ
  • 祝詞殿(のりとでん)・・祝詞を保管しておく建物
  • 神楽殿(かぐらでん)・・神楽を奉納する建物

上の模型図にもありますが、参道には灯籠と狛犬が並んでいます。

神社に付随する建物

  • 社務所・・神職が神社の事務をする建物
  • 授与所・・お札や御守を頒布する建物(社務所と併設されてる場合が多い)
  • 納札所・・古いお神札を納める場所
  • 宝物殿・・有名な神社などで文化財などを保管もしくは展示する建物

現在の神社の形式は、飛鳥時代(7世紀ごろ)に寺院立てられ始めその影響を受け神社の形も整ってきました。

寺院は新しい宗派が起きるたびに変化してきていますが、神社はこの時できた形が現在まで続いています。

▲目次にもどる

摂社・末社・分社とは

神社にお参りすると必ずいくつかの小さなお社があります。これを総称して境内社と言います。

境内社は、摂社末社にさらに分類されます。

摂社

主祭神の妻や娘を祀った姫神御子神、主祭神の荒魂やもともとその地にいた地主神を祀った神社のことを言います。

※荒魂とは、主祭神から分かれた勇猛な神霊の事です。

また神様同士は血縁がなくても、有力なつながりのある神様も摂社になります。

末社

主祭神と関係がない神様。明治以降神社が統合され、他の場所で祀られていた神社が移ってきたものもあります。

分社

分社は境内社とは全く違うもので、各神社の総本社の神様から祭神を分霊し各地に勧請し造られた神社のことを言います。

例えば八幡信仰の総本社は宇佐八幡宮ですが、この祭神を分霊して造られたのが手向山八幡宮石清水八幡宮などです。

ですから巷にあるほとんどの神社は総本社の分社ということになりますが、経営的な部分は完全に独立しています。

しかも石清水八幡宮のように朝廷や鎌倉幕府から支援されていた分社は、総本社以上の力を持っていたりします。鎌倉の鶴岡八幡宮などは、河内源氏2代目の源頼義が石清水八幡宮から勧請が起源の神社で、孫分社とも言えます。


▲目次にもどる

神殿の起源

先にも書きましたが、飛鳥時代になって仏教が伝来し、法隆寺などの金堂や五重塔を備えた荘厳な寺院が出現するようになりました。

この流れに神社側も対抗するような形で、社殿などの建築物が整備されていきました。

もともと自然崇拝・先祖崇拝を起源としている神社には、拝むための小屋程度の物しか必要でありませんでした。

神社が建築物を作るとしても仏教的な意匠の物では案配が悪いので、日本人が最も神聖視するを保管する倉をベースとした建築物が作られるようになりました。

古代の人たちは後の時代以上に稲を神聖視し、稲には稲魂(いなだま)という霊が宿ると考えていました。

「古事記」の中には、天照大御神伊弉諾尊から与えられた勾玉を倉の中に設けた棚に祀ったという記述があります。

古代の倉は、現代の倉庫とは違い神聖な稲を保管する場所だったのです。

稲倉は稲魂を祀る神聖な場所でしたから、神社の神殿が倉をベースにした建築物を古代の人たちはすんなりと受け入れていったのです。

現在の神社の神殿も、この稲倉をベースとした形が継承されています。

天照大御神は勾玉を祀りましたが、現在の神社の神殿は御神体を祀っています。

御神体とは、古来から鏡・剣・玉・鉾などの物に神霊が依りついた物のことを言います。

▲目次にもどる

まとめ

社殿の形は、伊勢神宮系の神明造出雲大社系の大社造りの二系統に分けられます。

伊勢神宮と出雲大社は、一定の期間の後に同じ形のものに作り変えて(遷宮)伝統の作り方を継承してきています。

現在の形式は、7世紀末から8世紀の初頭ごろに定められ継承されてきたと考えられています。

現在再建されコンクリートで作られた社殿も、ベースの形は古代から受け継がれたものだと思うと見方も変わってきますよね。

▲目次にもどる

参考文献:日本人なら知っておきたい神道 神道から日本の歴史を読む方法 (Kawade夢新書) [ 武光誠 ]

(Visited 67 times, 1 visits today)

スポンサーリンク