神社とお寺とで違うお賽銭の基礎知識

2020年3月12日

賽銭箱
神社や仏閣に参拝し、お参りする時ほとんどの方はお賽銭を入れると思います。

お賽銭は、神様や仏さまが願い事をかなえてくれるための手数料や、寺社の収入源というわけではありません。

今回はこのお賽銭のルーツと意味を解説していきます。

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▼目次

  1. お寺のお賽銭はお布施
  2. 喜捨という考え方
  3. お賽銭の金額に決まりはない
  4. 神社のお賽銭は穢れの償い
  5. お賽銭の入れ方
  6. まとめ

お寺のお賽銭はお布施

お寺ではお賽銭は、お布施の一種になります。

お布施はお釈迦様が生きた時代からあり、托鉢がそのルーツです。

僧侶とは自分のための金銭を稼ぐことは禁じられており、人々が僧侶の生活を保証するために托鉢が始まりました。

お布施と言う字に「布(ぬの)」と言う字が含まれていますが、当初は金銭ではなく食べ物や布をお布施していました。

財力のある有力者や国王は、修業の場や建物を寄進しています。

これが、後々寺院となっていきます。

時代が進み貨幣経済が発展してくると、手っ取り早い貨幣が使われるようになってきました。

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喜捨という考え方

仏教の言葉で「喜捨」という物があります。意味は「進んで寺社、僧や貧者に金品を寄付すること」「財物に対する執着や物欲から離脱させる意味もある。」(コトバンクより

漢字を見ても、喜んで捨てるとありますよね、お布施とは喜捨の事と考えて間違いありません。

お賽銭は寄付をして、自分の執着心を捨てるということになります。

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お賽銭の金額に決まりはない

「大きな願いをして、わずかなお賽銭だと申し訳ない」などと言う人がいますが、仏様は金銭の大小で差別することはありません。

お布施・喜捨の考え方では、対価を求めること自体が間違えですから、お賽銭と願い事は別の次元の話になります。

お金には執着心がこびりついています、執着を捨てる・手放すためにお賽銭を差し出すのであり、お寺に差し上げているわけではありません。

執着を捨て、生かしていただいているということを感謝するのがお参りの基本です。

この基本をわきまえていれば、11円(いい縁)とか45円(始終ご縁)などの語呂合わせも楽しむ程度であれば許されることでしょう。(仏様は寛大ですからね!!)

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神社のお賽銭は穢れの償い

古代には祓具(はらえつもの)と言う考え方が有ります。

祓具とは、人間は日々生きている中で罪を犯し穢れていきます、穢れを祓いによって清めることにより罪は許されていくという考えです。

罪を犯した者は、共同体(世間)に対して損害を与えた大きさによって自らが進んで償いをするのが望ましい事です。

その償いの品を、神前に差し出すことがお賽銭の始まりです。

神話の時代には、素戔嗚尊が天照大御神に無礼を働き天照大御神が天の岩戸に隠れるという事件が記されています。

この責任を取らされ素戔嗚尊は地上に追放されるのですが、自らの祓いのために多くの品物を差し出したと記されています。

自らの罪を祓い清めるために神前にお米などを差し出していたのが、やはり貨幣経済の発達により金銭へと変わっていったのです。


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お賽銭の入れ方

お賽銭と言えば、皆さん投げ入れてますよね。

以前明治神宮に初詣した時は、後ろの人たちがお賽銭を投げ入れるので頭にあたり痛い思いをした事が有ります。

お寺も神社も一緒ですが、お賽銭は丁寧に滑らすように入れるのが礼儀です。

神社では、お供え物の代わりがお賽銭ですから、投げることはしません。

お寺でも執着を捨てるという一つの仏教行事ですから、投げるようなことはしません。

お賽銭は、静かに丁寧に扱いましょうね!!

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まとめ

お賽銭はお願い事をかなえてもらうための対価ではありませんし、お願い事がかなった時の報酬でもありません。

お願い事をしていけないということではありませんが、心の中で結びつけないことです。

「一万円払ったのだから〇〇かなえてくれよ」は、絶対になしです。

お参りは、感謝の気持ちが基本だということを忘れないでくださいね!!

寺院・・・執着を捨てるためにお賽銭を入れる

神社・・・罪を祓うためにお賽銭を入れる


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